そうなれるように

1週間半前に恋人と別れたばかりだけど、そのちょっと前に、恋は終わっていなかったけれど、大きな失恋のような体験をした。

 

傷つきが大きい出来事が9月の頭くらいにあって、なんだかうまくものを考えられなくなって、その後は数日、食べられる食事の量がめっきり減った。

「あれ、それだけ?」と言われることがある時には、「夏バテで」と答えていたし、たぶんそれも嘘ではなかった。

 

最近、ある人が「失恋でごはんが食べられなくなることを知った」と言っていたのを聞いて、「そういえば、9月のはじめに私が食べられなくなったあれも、今思えば失恋のようなものだったのかもしれない」と数日前にふと思った。

 

今では食事量は段々と戻ってきて、普通に生活できるようにもなったが、代謝がガクッと落ちた感覚がした。

まだ寒くなりきっていないのに、疲れやすく、眠りが浅いとこれまで以上に頭と身体が動かないので焦っている。

心では「走りたい」「運動したい」と思っているのに、身体がいうことを聞かず、毎日帰ると疲れ果てて、何もしたくなくなってしまう。

 

 

これはまだ冬季うつとかじゃなくて、ちょっと頑張りすぎた夏までの疲れが現れただけ、と自らを奮い立たせてみる。

寒くなるのは怖い。

 

だけど一方で、10月になってよかったとも思う。

 

月が新しくなるということだけで救われるものがある。

 

 

通学がきついと周囲にもらしていた大学にも、早く通いたいと思う自分がいる。

どうせ秋が深まれば、「もう行きたくない、疲れた」などとこぼすのだろうが、この1週間は、早く行きたい、早く大学が始まりますようにと願っている。

 

そこには変わらない関係性があるからかもしれない。

そこに行けば、変わらないでいてくれる人がいる。

その人自体がではなく、私との関係において変わらないでいてくれる人がいる。

 

はやくその人に会いたい。

その人に会えれば、ひと目見れば、私はたぶん、ほっと落ち着ける気がする。

その人と、そこで会うことで、消えたエネルギーがちょっと戻ってくる気がする。

その人が何かをしてくれるわけではないが、ただひと目見たら落ち着けるような気がするのだ。

 

 

それまでにあと2回も夜を越えなければいけない。

待ち焦がれている1回目の夜は、昼のうちに職場の人にちょうどもらっていた、「ぐっすり眠るためのお茶」を飲むことにした。

最近、悪夢ばかり見ていたが、このお茶は甘い夢を運んでくれると、あるショップの商品紹介に書かれていたから期待している。

 

早く時間が流れてほしいと願ってもそうなるものではないのがつらいけれど、早く過ぎ去れと思う日を過ごしているうちに、気づいたら今が過去になっているのを今は経験則で知っているから、たぶんあと2週間くらいはつらい気持ちが続くような気がしつつ、なんとか日々をやり過ごせることを祈る。

 

そういえば、大きなショックがあった9月のはじめあたりに、muuteというジャーナルアプリを始めた。

無料体験の2週間だけやってみるか、というつもりが、なんだかんだ、自分のためだけに自分のことを書く、というのがよくて課金することにして、1ヶ月ほど続いている。

否が応でもやることが増える今週の木曜日からも、この習慣がそのまま続くかはわからないけれど、自分のためになることを少しでも続けて冬を待ち構えられるといい。

 

 

 

そういえば、中高時代の同級生が、私が大学に通うことを「また遠くに行くの?」と言うのがなんだか素敵だった。

私も、「うん、秋もまた遠くに行くよ」と答えた。