いつかのレポート

自分のために書いたが、その後も時々読み返しては自分が奮い立たせられる、レポートの一部をここに残す。

 

今とはだいぶ状況も違うこともあるし、何言っているのかよくわからないこともある、なんかイタくてダサいこともある。

が、それでもあの時に感じていたことを必死に書いた。

その一部をば。

 

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今学期、この授業を通して何よりも重視されたのは、社会で常識や伝統とされがちな暗黙のフレームワークを自覚することであった。

そして、前提となっているような構造や枠組みは常に再帰的に作られていて、決して不変のものでもないことを学んできた。

 

 

最近感じていることは、学ぶ上では「自覚的である」というセンスを磨かなければならないということだ。

過去を反省するにも、自覚をしなければ反省することはできない。

この場合の反省は、懺悔や改善の意図を必ずしも含むものではない。

過去の行いや思考を省みることができないということは、過去のその出来事を疑いようもないことだと信じているからではないだろうか。

自分だけでは出てこないような他者の視点を、理論的であれそうでない形であれ取り入れると、それゆえどこかで「公平な観察者」が生まれることがあるように思う。

それが、他者ばかりを糾弾するような正義を強めることにならないようには気をつける必要もあるが、観察者がいなければ自他を省みることはできない。

 

以前、ある臨床心理士の方が「わたしは、フェミニズムは「自分が正しい」と思う学問ではないと思っているんですよ。むしろ、自分の権力や特権性に敏感になること、それがフェミニズムの根幹だと思います。」と語っていた記事を読んだ。

フェミニズムに興味のある私にとって、この言葉は大いに共鳴できるものだった。

 

私が人生で初めてフェミニズムに学問として触れた時、講義を担当していた先生は何よりも始めに「フェミニズムは”女性”の学問ではない。劣位にある人が正当な権利を取り戻すためにある学問だ」と但し書きを入れて講義を始めた。

そこには性別も人種も本来は関係ないのだと、その先生はハッキリと伝えてくれた。誰かを糾弾し終えるためではないのだと。それゆえに、歴史や構造上、劣位に立たされやすい者の叫びを、現状を、知らなければならないのだと。

 

このことは、私自身フェミニズムへの興味関心をさらに強めてくれたのだが、一方で何もフェミニズムだけがその役割を背負っているとは私は思わない。

どんなことも、というと言い過ぎかもしれないが、少なくとも私はフェミニズムという分野以外も、「自覚的である」ために学ぶ意義があると思う。

そもそも、「学ぶ」ということが自分の特権性に自覚的であることを求めている。

 

私は今大学で学べているが、これは相当恵まれたことだ。

まず、今この歳で大学にいさせてもらっているということ自体、ありがたいことである。

 

自分の周りは働いている人ばかりなのだが、私がまだ学生であることを知っている友人らに、「羨ましい」と言われることがある。

その羨ましさが「働くことへの逃避」や願望や「学生」という立場が持つ独自の利益への羨望が入っていることもあるだろうが、私にそう投げかける多くの人の大きな気持ちは、「学べることそれ自体が羨ましい」というものである気がしている。

私の友人らはほとんどが大学を卒業した人たちであるため、「大学に行けることそのものが羨ましい」というものではない。

しかし、「疑問に立ち止まれる時間を持てる学生になりたい」と、特に社会に出たからこそ思うことが多いようである。

 

確かに私は勉強することは嫌いじゃないし(大学の制度にはことごとく適合できないけれど)、学びたいことがあって大学に行こうと思った経緯があり今ここにいるので、学びたいことを学ぶことができる環境にいるというのは喜ばしいことだ。

けれど、「疑いたいことを素直に疑わせてくれる」環境にいるということ以前に、その環境に身を置けていることや学びたいことを学べるような状態にあるというのは過去の親の経済力のおかげであったり、親が奇跡的にもなんとか働けるほどの健康は維持できているからなのだが、それは本当に偶然なんとかなっているとしか言いようがないことである。

 

 

SFCに入学する前、私は4年いるはずのアメリカの大学を2ヶ月で飛び出した。

その時、母に「留学するつもりでお金をかけてきたのに勝手にやめるなら留学準備からあなたにかけたお金を全部返せ」と言われた。

その額1000万。

まだ金銭感覚が今よりおかしかった当時は、言い返すことに必死で、「働いて返す」と言って家を飛び出した。

けれど、実際にフルタイムで仕事をしてみてはじめて1000万の途方もなさを感じることとなる。「無理だ」とさえ思った。

 

色々あって今この大学に入ってからも、母との確執、両親の離婚と、稼ぎ頭であった母の経営している会社が非常に厳しい状況であったことなどが影響し、大学にいられるような経済状態ではなくなってしまった。

自分が自分のやりたいことを実現できるほどの経済力もなかった私はそのことを自体を非常に恥ずかしく思い、かつ無力に思った。

 

けれど、休学して働くとなっても、働いてもらうお金を貯めて大学の学費を賄うというのはそれなりに時間がかかることだった。

1年では30万円程度しか貯められなくて、大学の1年の学費の4分の1でしかなかった。

そもそもそれだけ貯められたのは父と住むことで家賃をまかなってもらっているからで。

一人では、大学1年分の学費を貯めるのに4年以上かかるだろう。

そんな事実に絶望しているときに、父から「せめて大学は卒業してほしい」と望まれ、私も学びたいことはあるし諦めきれないな、と思い、色々あって父に頼り復学した。

 

そんな父は今68歳である。

どこかで、「ずっと元気で頼りになる」父親像にとらわれていたが、つい最近になって、持病の関係で目があまり良く見えていないようだと知った。

今の学費は父に頼っているが、父が働けなくなれば、私も学ぶことを今のように続けることはできない。

父の年齢から考えても、いつ学問を続けることが絶たれてもおかしくない状況にいるのだと感じて、ますます学ぶことのありがたみを感じた。

状況が許さなくなれば、私も大学を続けることはできないだろう。常に緊張状態の中で私は奇跡的に学ばせてもらっている。

 

大学に行くことの意味を感じないから行かない人もいるだろうが、その意義を知っていながらも経済的な理由や家族の介護の理由などで大学に行けない私よりも下の世代の人を知っている。

大学に行くことに意味がないと感じている人だって、知らないから意味がないように思えているだけで、どこかで「学びたい」と思った時、その学びにたどり着けるまでの経路がないこともあるかもしれない。

子を持った母親でもある近所の友人は、「この立場になって余計に学びたいと思うよ」と言っていた。

しかし大学に行くことは、母親をやっていれば特に難しいだろう。

 

私には、今養うべき他者もいないし、むしろ養ってくれている他者が存在しているし、これまでに学びたいと思えることができたし、そう思ったときにはそれをかなえるだけの蓄積やある程度の情報があったのだろうし、その思いがかなってもいる。

学んだことを共有できる友人もいるし、「こんなことを考えたい」といえば一緒に考えてくれる関係性だってある。どれも学ぶ上では欠かせないものだ。

たとえ経済力があっても、関係がない中で一人で考えを深めたり広げたりすることには無理があるだろう。

そう考えると、本当にどれもなんとか奇跡的に成立して今私は学べる環境にあるわけで、たくさんの特権を持ち得ているということに気づかされる。

 

そのことに気づかずに学ぶことは本当に怖い。

講義だけを聞いて知った気になることも怖い。

どこかで、現実離れした理論だけを展開する理論家気取りの一端の学生になることが怖い。

 

それぞれ置かれた立場は違うのに、そんなことを知らないのに、「移民というのはこういうプル条件とプッシュ条件で生まれるんだ」とか、今回の講義のように「途上地域も必ず発展することができる」とか、そう信じてしまうことは十分にありえる。

むしろ、一人ひとりの、理論に還元できないような背景を知らないからこそ一般化して物事を語ってしまうようになるのだろう。

そうなりたくはない。

 

でも、自覚しないと、きっとすぐにそうなってしまう。

知識を振りかざして「そんなことも知らないのか」と誰かに思ってしまうような自分になってしまうし、「なんでそうなってしまったわけ?」とケアの観念も持ち合わせていない冷たい視点を他人に向けるようにもなるだろう。

そんなことを知れたのは、いくつもの特権のおかげだったはずなのに。

そうなることは、私が望む学んだ先にある自分の理想ではない。

 

 

人は幸福であるべきだ、と私は思わない。

もちろん、なるべく幸福でいてほしい。

べきだ、とは言わないとしても「特に周りにいる大事な友人たちはみんな幸せでいてほしい」と思うし、そうなるだけの権利が等しくあると思う。

ただ、幸福かどうかは結果としてその人がそう感じることができるかどうかにあるし、見方が変われば幸福を感じるかどうかも容易に変わりうるので、そこを大きな目的として設定することに懐疑的であってもそれでいいと思う。

 

「幸福であるかないか」よりも、私にとっては「力を奪われていないか」ということが重要である。

 

「力がない」と思わされることは本当に悔しいことだ。

つい最近、友人が家にやってきて、私の家で共に作業をしていた。

 

彼女は途中でビデオ通話で同僚らと会議を行っていたのだが、その時に「言葉の定義や前提が異なるから、話が噛み合わなかったり分かり合えないことがある。そうした問題設定のもとに、Aという企画を考えている」と意見を出した。

しかし、どうやら共に会議をしている人たちは、彼女の問題意識に共感できないようであった。

 

自らの意見が受け入れられた手応えのないことがすぐにわかるような彼女のあり様が気になって、会議終了後に「あなたの言ったことがみんなに理解されていないように感じられた」と言うと、彼女は「いつもそうなんだよね」と返した。

自分が抱いた疑問や考えは、よく否定されるらしい。

他の人は「なるほど」「いいね」などと言われて企画が深められることもあるのに、自分の考えはいつも「それって本当?なんでそう思うの?本当にそういうことってある?」などと言われて終わりになってしまうという。

 

「だから会社が嫌になってしまってる。企画会議とかも本当に嫌。辛いんだ」とこぼした彼女をみて、とても悲しくて、悔しくて、怒りもこみ上げた。

私にとって、彼女の問題意識にはすごく共感できる。

 

私の話にはなるが、この前も、「差別」についての対話をした時に、どうやら差別を「属性一つで判断されて不当に扱われること」だという前提で話す人と、「自分が不利益を被ること」という前提で話す人がいたために、対話を深めるどころか理解をしあうことすら難しい状態に陥った体験がつい最近にあった。

そのこともあり、「そういうことってあるよね」と大いに賛同したのだった。

そして、彼女の問題意識から想起させられた企画は、私にとっては面白いと思ったし、考える余地がいくらでもあるもののように思えた。

 

でも、彼女の言葉や考えをともに深めたり広げていく人は、その会議の中にはいなかったようだ。

こうした経験が今回に限らず積み重なって、彼女が仕事を「合わない」と感じていることは、私にとってもすごく辛かった。

 

彼女は、彼女の強みや力を本当には引き出せていない(引き出されていない)だけなのに、「技能がない」のだと思わされている。

そうしてますます可能性ややる気が削がれているのだとしたら、彼女が苦しい思いをしたり苦手意識を持つのは当然のことであろう。

 

 

自分は無力だと信じれば、他者も自分も信じられなくなってしまう。

巡り巡って「死ぬに値する人間だ」と思うことだってある。

極論などではない。

こうした思いに簡単につながってしまうことがある。

 

誰かの想像し得ないところで、人は死を望めるきっかけを簡単につかんでしまう。

 

反対に、どこかで「誰かのために」とか、「これをやることが楽しいのだ」と思えることができれば、人は物事を進めることに意欲が生まれたり、生をそのまま肯定することもできたりもする。

 

そうして、人々の正のエネルギーがぶつかり合ってできた何かは、本当に尊い

そういう力を人間は持っていて、私はそれをみていたいと思う。

 

だからこそ、その力が見られないことに、ともすれば力が奪われたせいで精神的な寿命を迎えてしまうことにひどく悲しさを覚える。

 

 

「生まれてこなければよかった」と思うほど力を奪われることもある。

そう思わせている大部分が、権力者によって作られ正当化され維持されてきた構造や神話のせいだとするならば、私はそれに対抗したい。

そんなはずがないと言いたい。

 

何も生が脅かされているだけでなくても、「上司はこんなこと考えなくていいというけど、私は考えたいんだ」という人がいた時、私はそれを肯定したい。

 

考えたいと思った人が考える場所があること、考えたいと思っている人と共に考えていくこと、そのどちらかにでも、人生を通してか関われたらと今は思う。

そのためにも学んでいきたい。

 

自分がただ生きるだけではわからなかった特権に気づき、おかしいことをおかしいと言える強さと、おかしいことをおかしいのだと気づける弱さを持っていたい。

 

変えたいと思うことを変えることができる存在であるということに自覚的であり、かつ変えたいと思うことを変えていく力もあるのだということを知るためにも学びたい。

 

学んでいない人とも、学びたい人とも、学んだ人とも、考える力や行動する力があることに気づいていたい。

 

その力があることを知りたいと望んでいる人と、本当にその力があることを祝福できるようにしたい。

 

もちろん、こういうことは大学にいなくてもできる学びだと思うので、大学にいるからどうという話ではなくて、大学で学生をやれているありがたさに自覚しながらも、一人の人間としてこうした気構えで学び続けたいと思う。

 

そうした気持ちを強めていくことができた一学期だった。

知ることから始まるのだと、強く思わされる授業だった。

 

この授業を通して、改めて自分の過去や他人の現状などを振り返って考えることができた。

特権の怖さにもますます気づくことができたと思う。

 

もちろん今学期考えたこともまだまだ完全ではないし、偏っていることもあるだろう。

それでも、今期で得た視点は、これから物事を考えたり、誰かに寄り添ったり、自分にも寄り添う上で大きな力となるのではないかと感じる。

 

 

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これを書いていた時のことを覚えている。

書きたいことを最後に書き残そうとしたら、締め切り時刻を過ぎてしまいそうだった。

それでも、どうしても終わらせられないから、締め切りを守るよりも、書きたいことを、最寄駅のホームにあるベンチで書き続けた。

 

雨の降る、夏の日だった。

もうすぐ乾きそうな土と、それでも全体に湿度を含んだ夏の匂い。

 

結局、書き終えた頃には締め切り時間が過ぎていたけど、きっと先生は締め切り日時を過ぎたことよりも、私の思いの方を大切にしてくれると信じて、書きたいことを書いてレポートを出した。

 

 

 

提出の数日後、急に先生からメールが来た。

 

 

「あなたが真摯に学んでおられることはよくわかりました。体調に気をつけて学び、できるだけ大学は卒業なさってください」

 

 

私はまだ大学を卒業できてはいない。

 

 

 

卒業できていないことと同様に、このレポートを書いた時から変わっていないのは、他者が力を奪われていくこと、力を奪われてしまったことへの猛烈な怒りと悲しみを抱く己である。

 

 

行動よりもっと前の、「◯◯をしたい」と思うことさえ、「◯◯をしたくない」と思うことさえ、教育や抑圧の蓄積によってできなくなる子どもたちが、どうか増えませんように。

どうか、自分の声と共に生きることができますように。